昨年11月に、本の出版予定じゃった前やん。
しかし、その内容を見てちょっと待ったをかけた。
あまりにも、素人には理解不能な記述が多かったんよね。
それを指摘されてハッとした前やん、いや、しかしそれは前もって言うといたはずじゃった。
ただ、一生懸命になると、ちょっと抜けたんかもしれんね。
そこからが、彼の葛藤の始まりになった。
言われてみれば、報告書とか議事録のような感じってなったんよね。
さらに、本人なりにいろいろ苦しんどるようなんじゃけど、まあそれで洗練されてくればええんじゃないんかねぇ。
記憶を無くした自分にどう説明するかとか、まあいろいろやっとるらしいんよね。
来月出すいうことじゃったが、どうも納得いかんようで、さらに先にするらしい。
これまで見とっても、最初動き出すまでが大変で、動き出せばスイスイこなすいう感じなんよね。
本を書くことが当たり前になっとる私なんかは、その感覚でいろいろ言うとったんじゃけど、どうもそれではダメらしいのう。
これは、通ってみにゃわからん領域なんよね。
この産みの苦しみの中でいろいろやったことは、いずれその能力の再編をやって、洗練されることじゃろう。
結局、本を一冊書ける能力を身につけると、ある意味思想家として歩み出すいうことになる。
本言うても小説やエッセイとかではなく、それなりに勉強になる本ね。
こういうレベルに達すると、転生してもその著書によってたくさんの人たちを啓蒙する立場になる。
ともあれ、その変化により実力は大きく上がることは確かなんよ。