キターッ、ついに来ました平成最後の日。
平成は、30年と4ヶ月弱で終わりです。
昭和の終わりの時には、私は大学生でした。
時代はバブル、地獄の家庭虐待から抜け出して、これからいう期待感がありました。
昭和の時代は私にとっては虐待に苦しめられ、大学進学によって茨城から金沢に下宿することになり、その距離が天然の要害になってようやく攻撃から逃れた形になった。
仮住まいのスタートいうこともあり、続く平成の終わり頃までそれが続いたいうことで、ほぼ平成は借家住まいじゃったんよね。
虐待から抜け出した私は、ガタガタになっとる身体を立て直すべく高藤聡一郎の本で気功の修行を始めた。
それが現在の波動パワーの基礎にもなっており、GNP国民総生産を全て防衛費につぎ込むような状況から、その予算を研究開発費に振り向けられるようになった。
しかし間も無く大学も卒業し、就職したら過酷な酒飲みストレス環境が待っとった。
平成に入ると共にバブルも崩壊し、鍋底不況とデフレが続く停滞社会になった。
また世紀末の不安とそれを解決するとしたカルト教団Kの救世運動にも期待したんじゃけど、その活動内容に幻滅して最近馬脚を表してからは糾弾し始めた。
あの教団からすれば、やはり昭和の終わり頃にできたこともあり、その興亡と長い停滞は平成と共にあったと言えるじゃろう。
もともとは正しかったんじゃけど、教組の欲から天の啓示が降りんようになり、当たり障りないことを言うようになって20年ぐらい停滞しとった。
スキャンダルで馬脚を表してから衰退してきてはおるんじゃけど、本格的な崩壊は令和に持ち越しかのう。
カルト教団Kの救世運動に淡い期待を持ちながら待ってはおったものの、正体がわかってからは糾弾本も出しました。
しかし私にとっては波動強化するにあたり、ここの基本書にあった理論を拝借したこともあって、何とも複雑な感じではあるんよ。
今はダメでも、昔は正しかったいうのが私の考えなんよね。
平成14年ぐらいに波動強化して、それで安泰かと思いきや東日本大震災とそれに続く福島原発事故。
放射能を避けるため姫路に移転し、農業の基盤を築いて持ち家にもなった。
多少のズレはあるものの私にとっての平成は、修行開始から社会人になって借家住まいになって世間の不景気停滞やカルト教団Kの停滞を見ながらのもんじゃった。
そうした中で出会いや別れはあったし、つらい別れになったのが仲間内の被曝死じゃった。
今の実力は、平成時代に築いたものが大きいのう。
私にとっての昭和は、戦争で荒廃した状況で敗戦後の日本みたいなもんじゃった。
私自身は地獄でも、社会には張りがあってキラキラしとったのう。
テレビ番組では、今の波動の技になったもんもいろいろあったのう。
懐かしい昭和、ようやく格好がついた平成、次の令和では培ってきたものを花開かせたいのう。
日本がたとえ衰退するとしても、社会が変わっていっても、私らは栄えるのじゃ。
高度成長はもうなく、外国人が増え、雨を中心に天変地異もひどくなってきた。
時代を読み、仲間を増やして安全圏を広げたい。
私らのみならず、善人にとって幸多き時代になることを願うてやまない。