大学時代の修行で、連日小周天をやっておりました。
やがて、全身周天、大周天と進み、金沢の山里深く充実した日々じゃった。
やがて来る製薬メーカーでの地獄の日々があるとも知らず、ひたすら自分を立て直すのに必死じゃった。
夜中のハードなバイトをこなしつつ、大学の勉強も大変。
日々はあわただしく過ぎました。
小周天をやるのには一人座禅を組み、それこそ静かなはず。
ところが修行2年目の昭和63年頃から、座禅を組んで座るだけのはずが、何やらにぎやかになってきた。
なぜか力が流入するような、にぎわいを感じた。
また、霊的存在多数の気配が感じられた。
この気配、そしてその盛り上がり、一体何かと思うた。
時、おりしも救世運動が動き始め、私も東京におった友人からの報告を胸踊らせる感じで、聞いとった。
私もいずれと思いうずうずしとった。
何もかも全力疾走じゃった。
じゃけえ、あんまり周りを見てはおらんかった。
見ておらんいうより、見る余裕がなかった。
しかし、あの座禅の時の変なにぎわいは十分わかった。
これは何か動くぞ、そう思うたし、世紀末への不安と救世運動への期待が交錯し、複雑な気分じゃった。
不思議な盛り上がりは翌平成元年まで続き、特に平成元年は異様な大きさになった。
平成元年は私にとって鬼門の年、本格的衰運始まりの年。
しかし、そのわりに私生活は、バイトなどで相当な活況を呈した。
私が感じた見えざる力、見えざる気配も、私に迫って来るような感じに近く、この鳴動はただ事ではないと思うた。
時はバブル。
あの平成元年、大学3年の時は、学生時代で最も輝いた年になった。
ところが平成2年は、前の年のにぎわいが嘘のように静かになり、それまで周囲で感じられた力や気配が急激にひいた。
あれが今の今まで謎だった。
その謎が解けた。
それはOさんの出現なんよ。
彼女は平成3年生まれ。
生まれる前に私に、生まれる前のその大人の意識で会いに来たらしい。
大学時代に感じられた気配は、彼女だけでなく他にもおおよそ100人ぐらいおったらしい。
薬学部の建物と私の下宿先の中間点、松雲橋上空にベースキャンプを設営し、そこから昼間私についてきてたらしい。
一介の修行者じゃった私が、やがて波動強化することを天は見透していた。
その一団が私を見に来ておりました。
彼らがやがて成人し、私にコンタクトをとってくるようじゃ。
Oさんはその先触れ。
聞けば私の大学時代と同じようなことをやっとる。
まるでかつての私の真似をしとるようじゃ。
私は正直ビビりました。
26年の時を経て、私を追ってきたのか、無意識に使命通りに動いたというのか。
話としては出来すぎとる。
また、当時の私がバカにされ、迫害されとるのを見て取ったように、こういう話すると変に思われますからねと言う。
おおっ、私の時より賢くなっとるって感心した。
そういう話の出来すぎさ加減にビビりまくった。
生まれる前に、大人の意識で私の生活ぶりを見に来て、苦悩する私のその様子をもとに各々の計画を立てた。
彼らの意図はわからんにせよ、力を蓄えた私に会い、その影響を受けて仕事をしようとしとることは確かじゃ。
私と一緒に動くかどうかは別として、彼らが私を灯台のようにしとることは確かじゃ。
私自身が生まれる前に立てた計画は、もはや機能しとらん。
つまり、彼らの登場は私の計画にはもともとない。
それゆえ、私も戸惑うとる。
その100人強を何と呼ぼうか?
私の大学時代のニューチャイルド、う~んしっくりせんな。
後で考えよか。
希望のない日本で、私を目指して来てくれても、正直私にもどうしてええかわからん。
問題は、彼ら一団を率いていた上位神霊が、何と言うて彼らを送り出したのかじゃ。
彼らがようやく成人し、私も50に近いは近いが肉体はほぼ18歳ぐらい。
波動の力がなくとも、突発的な事故がない限り、これから彼らと同じぐらい生きられるじゃろう。
手を組めば、何らかの正しいものを後世に遺せるかもしれん。
私も私個人の生活や修行課題、事情がある。
しかし、地上で光の勢力を増やせるならば、それは協力すべきと考えとる。
私にとっての援軍いうより、地上正常化、いやそこまでいくまい。
やはり、正義勢力の途絶えることを防ぐためなのかのう?
そこらへんが関の山なのかもしれんのう。
しかし、その100人強が波動強化し、魔法力を結集した時には、あるいは世の中を変えられるかもしれん。
私と彼らの魔法力が、世の中の悪に勝っておればの話じゃけどね。
ともあれ、今は某教団糾弾本を出し、私は戦わにゃいけん。
その前段階で、大学時代のあの一団の謎が解けた。
あの盛り上がりと急激なひき方は、集まった者がそれぞれ肉体に宿るために去ったんよ。
平成3年以降の生まれの彼ら、途中で中絶された者もおるかもしれん。
しかし、来たならばそれなりに対応しよう。
私と一緒に戦うもよし、己の信じた道で正義を貫くもよし。
それは彼ら次第。
彼らの存在を知ったことで、少しは希望が持てる。