新元号が発表になりました。
昭和平成に続くその元号は、令和(れいわ)
響きとしては、昭和に近いかも。
前回の元号変更は30年以上前、もうそんなになるんよねぇ。
昭和の終わり頃は、テレビで天皇陛下の病状がいろんな番組で字幕で流され昭和64年1月に崩御。
小渕元総理が官房長官の会見として、額縁に入れた平成を読み上げた。
大学生の私は気功の修行を始めたばかりであり、世相はバブル真っ只中。
昭和後半は躍動感のある、メリハリがついた時代じゃった。
平成になってすぐ就職し、ほどなくしてバブル崩壊。
長い就職氷河期と鍋底不況が続き、そこに天変地異や社会を揺るがす大事件が起きたりした。
天変地異では奥尻島の津波は序の口で、阪神大震災があってゲリラ豪雨いう言葉ができるような集中豪雨、そして東日本大震災熊本地震北海道東部地震、さらにはゲリラ豪雨では済まない規模の豪雨災害が多発するようになった。
また大事件としてはオウムの地下鉄サリン事件や福島原発事故などがあり、原発事故では友人に死者が出た。
昭和の終わり頃には世紀末危機への不安はあったものの、これから社会に出ることやカルト教団Kによる救世運動への期待感に胸を膨らませておりました。
しかしその平成時代も、個人的な部分を振り返ってみると詐欺師にダマされて大金を失い、それらを殲滅させたはええもののかなり疲弊し、しかしそのおかげで原発事故の時に西へスンナリ移転できたいうのもある。
親からの虐待も実家との長年の抗争も、シゴウして壊滅させることができたことから、故郷に関する郷愁が全くなかったこともプラスに作用したと思うんよね。
社会全体では災難続き、しかし私個人的には災難続きではありながらそれを逆手に取って状況を好転させ得たいうちょっと複雑な経緯となった。
昭和は、ほぼ実家での虐待に終始した感がある。
平成に入って社会が停滞しとった関係で、今でもまだ昭和の終わり頃であるかのような気分になることがあるんよね。
しかし平成初め頃に生まれた人達がもう大人になっとるのを見ると、さすがに時の流れを実感するのう。
最初の就職先が地獄じゃった関係で、それ以降がセピア色になってしもうた感がある。
その後二回の転職をしたんじゃけど、本来やりたい仕事とは言えんかった。
風向きが変わったのは、多彩な外国語を会得してからなんよね。
独立できたら辞めてやろうと思うとったのが、バイトでも残ろういう気持ちになった。
あと、カルト教団への幻滅失望とその停滞も長かったですね。
平成も後半になって馬脚を現しましたが、その転落崩壊劇は次の元号の令和に持ち越しになりました。
この教団も成立は昭和の末期なんで、ほぼほぼ平成時代にその興亡があったと言えるんよね。
私個人の修行は、そのカルト教団Kの教祖がモデルの一つになったことは事実であり、知識人としての彼を追いかけ、言うとることを真に受けとった時期があります。
おかげでいろんな技が使えるようになったんじゃけど、教祖が自分で言うとったことを自分自身できとらんかったいうのがお笑いぐさなんよね。
ただ、ここの基本書にある内容を拝借したことと、修行で得たパワー、それに科学の法則を組み合わせて波動強化したんよね。
あと、この教団が初期に言うとった宇宙移民の性格を突き止め、そのことにより人間関係のトラブルをだいぶ回避できるようになった。
その後教祖が初期に言うとった宇宙移民にほとんど触れずにインチキ宇宙人を乱発したのは、正しい天界からの霊指導が途絶えてしまい言えんようになったのをごまかしとるんよ。
多くの人は巻き込まれて不幸になったんじゃけど、幸い私は得たものの方が大きく損害は最小限じゃったのう。
速読で学習したのも、ここの教祖のおかげじゃのう。
それがなければ、いろんな発見はなかったじゃろう。
社会に出た後の猛勉強、つまりは平成の猛勉強が私の基礎を作ったことになる。
詐欺師との関わりも得難い貴重な学びになり、やっつけたことで社会悪も減らせたのう。
悪人いうたら、地元茨城のセシウムカルトn崎もシゴウしてやったのう。
こいつもとうとう放射能が心臓にきて、あとどんだけ生きられんだか?
被曝推進のおどれなんぞ早う死ねよ、それが世の中のためじゃ。
ともあれ平成時代は、私の状況をだいぶ変えてくれた。
失うたものは失うべくして失うたんじゃと思えるし、ガタガタじゃった状況はだいぶ立て直した。
令和になっても、社会の衰退は進むじゃろう。
オリンピックの後の衰退は、かなりひどいと思う。
社会の衰退と、逆行してきた私の人生。
昭和の昔は社会が煌めいとったんじゃけど、私は地獄じゃった。
今の能力なら戻ってやり直してもそれなりに面白いとは思うんじゃけど、同じことをやり直せって言われたらマジ勘弁。
当時の私の学びになった教材には、アニメも含めて感謝しかない。
平成時代は下積みの時代ながら、今後につながるいろんなもんを吸収できて幸せじゃったと思う。
そういう意味で、平成時代よありがとう。
私の家は平家でもある。
平家の私が、何かしらに成ったんよ。
平が成ったとも言えるかのう。
成った平が、新たな時代に飛び立つんじゃい。
令和よ、願わくば私の人生に昭和後半の社会のような恵みをもたらしてくれ。
その力を得て、私はますます悪を挫くことをしよう。
仲間内の皆さんも、共に頑張りましょう。